走れば間に合う乗り継ぎ電車を、鼻歌まじりに見送った。
「今日という日をひたすら待ち望んでいた『昨日までの時間』に比べれば、
こんな時間、あくびの一呼吸にも満たない」
そんな心の余裕を、期待を抑えるのがやっとである自分に、植え付ける為に。
早朝、9時30分。
店には行列ができていた。
今日、11月25日は、大量のゲームが一斉に発売される日。
みな、思い思いのゲームを買うという目的の為だけに、こんな早朝から列を作っている。
しかも、驚いた事に行列はすべて「予約済みの人々」によるものだった。
「1分1秒でも早く、そのソフトを手に入れる」、それだけの為にこれだけの人が並んでいる。
「間違いなく買えるってのに、ご苦労な事だ。」
と言っても、私も予約を済ませているにも関わらず早朝から取りに来た一人なのだが。
予約するのは賢い選択だ。
発売日になって慌てて街中を探し回るなんて、全く無駄な事だ。
私がソフトを予約をしたのは、もう1ヶ月以上も前の事。
騒がれる割には あまり人気が無く、
その為、発売日に売り切れるなんて可能性は万に一つも考えられないので、
わざわざ予約なんて面倒な事をするつもりなど無かったのだが、
その店の予約特典が魅力的だったので、せっかくだから形式的に予約していたのだ。
それにしても、凄い行列だ。
4列の太い行列が、店の前をどっしりと毛虫のように陣取っている。
しかも今日は平日。
この人達にも、学校や会社はあるだろうに。
学生なら授業が午後という場合もありうるが、
どう見ても社会人といった風貌の人もいる。
おそらく会社を休んで 並んでいるのだろう。
今日という日の為に、前もって有休を取ってここに来た、この私のように。
「ゲームソフトの購入、
いい歳した大人が そんな事の為に休みを使っているのだから、
興味のない人間からすれば、さぞ滑稽な姿だろうな。」
もちろんそれだけの価値があると期待し、待ちに待っていたソフトだからこその
この行動なのだから、恥ずかしいなんて気持ちは微塵も無かった。
店には2台のレジしかなかったので、思った以上に行列の進みは遅く、
購入まで非常に長い時間を待たされたが、
ソフトを手にした後は、そんな疲れも一瞬でかき消す程の清々しい気分になり、
今日という日を無事に迎えられた事を、この場で行き当たりばったりに出会った
同士とも言うべき友人達と共に喜んだ。
行列に時間を取られたせいで、家に帰った時にはもう既に午後1時を回っていたが、
好奇心を抑えきれない私は、空腹を無視して
すぐさま開封に取りかかった。
数日前から入っていた、今日買ってきたものと同じソフトの「体験版」を
ゲーム機から抜き取ると、「キミの役目はもう終わったんだよ」と言わんばかりに
無造作に床の上に放置(ディスクが傷付かないよう裏返しにはしたが)し、
ついさっき購入してきたばかりの「製品版」と交換する。
Death Crimson 2
体験版と寸分違わぬ、全く同じ画面が表示された事で、少し気が抜けた。
オープニングのデモからタイトル画面の下の社名が中央より右に少しズレている事まで、
全てが同じだった。
とりあえずはソフトに内蔵されたブラウザより、同社のホームページにアクセス。
早速ステージデータが配信されていたのでそれをダウンロードする。
その後、以前メーカー自身が募り、結構な数が集まった「応援メッセージ」の中の、
私が投稿したコメントを眺めながら、少し遅い昼食を取った。
腹が満たされると、いよいよゲーム開始。
まずは、既に持っていたマイクデバイスを使っての「ダメージボイス録音」。
「うひょ!」
「ナハー!」
「フンッ!」
録音内容をチェックするだけで笑いがこみ上げる。
馬鹿馬鹿しいが、やはりこの仕様は面白い。
せっかくだから、この自分自身の声の設定のままで、ストーリーモードを始める事にした。
時々見られる日本語的にどうかと思うような変な会話や、
ゲーム雑誌では一様に酷評を受けていた探索シーンでの操作性には、
制限時間付きのイベントとも相まって、
「雑誌での10点満点での4点という評価、あれ、高すぎるんじゃねぇか?」
と思うほど心底腹立たしく思えたが、理不尽の塊のようだった前作にも慣れたように、
この操作性にも いつの間にか慣れてしまっていた。
十字キーによる目線移動や血痕を撃っての回復を使いこなせれば「ガンシューティング」として俄然面白くなり、
好奇心を刺激する あからさまに奇妙で謎だらけの物語は、
あまりにも先の読めない展開の連続に、
「なんでやねん!?」
「なんやそれッ!?」
「ンなアホな!?」
と、モニターの向こうの出来事だと知りながらも、思わず何度も突っ込みを入てしまう。
それからの私は、トイレにも行かず間食も取らず、
ただひたすらデスクリムゾン2の「狂気の世界」を貪り続けた。
歌が流れていた。
大阪のイベントで聴いた歌。
ヒロイン「ユリ」の声優でもあるMOMOさんが歌う、このゲームの主題歌。
口ずさむくらいに気に入っていたハズの歌は、
ストローで空気を吸ったかのように全く手応えの無いまま、
ただ私の心を流れ去り、消えて逝くだけ。
無気力にポカンと開きっぱなしとなった口からは、
唾液とともに私の魂までもが乾き、一緒に抜けているような感覚すら覚える。
心が、空っぽになった瞬間。
1999年11月25日17時54分、
ストーリーモード、終了。
私の名前はシャトレーゼ紅威。
今まで誰より深く「デスクリムゾン」を愛し、
その続編である「2」に期待していた事に、嘘偽りは無い。
そんな私が、ストーリーモードをクリアした今言える事は、何もない。
本当に何一つだって言えやしない。
ただ、このエンディングによって、「デスクリムゾン」と
それを制作し販売した「エコールソフトウェア株式会社」が、
私の理解を遙かに超えた、とんでもない存在だと言う事だけは、実感として理解した。
「デスクリムゾン」、
次は、どこへ向かうのだろう…
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