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2001/10/14
■総力特集「東京ゲームショウ秋」(ただし”1998年”の)

PS2、ゲームキューブ、X−Boxの三つ巴による 「東京ゲームショウ2001秋」 は、なかなかの盛り上がりのようで、 いきなり PSO,シェンムーIIがXboxに移植 PS2版「VF4」発売が2002年1月31日に決定 といったビッグな話題の他、 あの鉢植えの生首がウロウロしているといった奇怪な情報、 そしてドリキャスでは 「風来のシレン外伝」が や〜〜〜〜〜〜っと公式に発表 となり、ゲームショウにも出展されているとか。

ところで、 12日にゲームショウに合わせて行われた 「セガ・コンシューマーカンファレンス2001」 では、 イベントの前に、「仁義ある戦い」という極秘映像が流されたらしい。 これは、3年前のドリキャス発表イベント 「SEGA New Challenge Conferencee II」 で流されるハズだった映像で、 GamelexTVの記事 によると、 「プレステ組の腐れ外道をこのままにしておいていいんですかい!」、 「わしらが筋とおさんと、パナソニック組の3DOと、NEC組のPC−FXが浮かばれんからのう」 といった 固有名詞がバンバン飛び出す、かなり過激な内容だったらしい。

3年前といえば、 PSが圧倒的優位の中にドリキャスを投入する直前で、セガも話題作りに必至だった( 資金にモノを言わして「うずまき」だらけの運動会を開き、 「頑張れ! 湯川専務リレー」で(無理矢理)志気を高めたりしながら、グループあげてDreamcastを支援 なんてエピソードも)。 携帯ゲーム機もゲームボーイカラー、ワンダースワン、ネオジオポケットと相次いで発表された頃。 果たして当時のゲームショウは、どんな内容だったのだろうか。

そこで、せっかくだから今から3年前のゲームショウ「東京ゲームショウ1998秋」の模様を 独占公開ッ!(←GameSpotの過去の記事を漁っただけ)


TOKYO GAME SHOW '98 AUTUMN

基調講演:セガ・エンタープライゼス代表取締役社長 入交昭一郎氏
”「セガは,何だかよくわからないが面白いことをやってくれそうと言われる会社でありたい」”そして2001年のセガは、続編・移植モノ多数、カタログ的な雑誌広告といった「分かりやすい」路線に。

サクラ大戦3,通信機能利用してドリームキャストで登場!
”広井氏「Dreamcastの通信機能が,日本のネットワーク環境を,政府を動かす」” ドリキャスが動かしたかどうかはともかく、3年前に比べるとネット環境は格段に良くなりました。

「NOёL」「せがた」「サクラ」……サターンはまだまだ元気です!
あの「せがた三四郎・真剣遊戯」が、実はエコール開発だと判明したのは、ずっと後の話。

セガの怪しげグッズ「ドリームキャストちり紙」
ゲームショウ最寄り駅に「鼻血を出している湯川専務のポスター」を張っての2段オチだったらしい。これは後のドリキャスによる赤字を予言していたのだった(嘘)。

スクウェアブースでは人気ゲーム4作が試遊可能。巨大モニタには人垣が絶えない!
ファイナルファンタジーVIIIとチョコボの不思議なダンジョン2,エアガイツとアナザーマインド。どれもが賛否両論巻き起こしたタイトル。

「テトリス」まだまだ人気カプコン&BPSでブロック落下中
”噂では岡本常務に「同じネズミだったらピカチュウのほうが良かったんじゃないですか?」と言った命知らずの若者も存在するとゆー噂ですが,本当?”…って、こんな記事載せてたGameSpotこそが、真の命知らずだったのでは?(w

ナムコがTGSで初公開となるアクションRPGをプレス向けにデモ
直前にDC参入を発表していた事から DC用タイトルかと思いきや、実はPSの「ドラゴンヴァラー」というオチ。ファミ通も一生懸命持ち上げていたタイトルだったが、実際のゲームの評判は…ゲ、ゲフン。

ナムコの怪しげグッズ「木人チョコ」
バカ売れだったらしい。

ポケットからゲームがひろがる!ソニーのPDAはその名もポケットステーション
「フタが邪魔・無くす」、「電池が2つ必要」、「電池切れで本体に接続すると”ピー”と鳴く」と色々問題のあったビジュアルメモリと違い、実にソニーらしいスマートな逸品だった。

ワンダースワンのキラープロダクトGUNPEIの名に込められた意気込み
グンペイはWSが元祖ではなく、その前に「へのへの」というLCDゲームがあったのを、どれくらいの方が覚えてるだろうか。…と、エラソーに書いてるが、この記事を読み返して初めて知りました(^^;)。

カラー版も参考出展されたSNKのネオジオポケット
最初からカラーで行ってれば、なんて思ってはいけない。アイムノットボーイ。

ネオジオポケットに援軍登場
っていうか「フライングパワーディスク」なんて、ネオポケで出なかったような?

「デコレンジャー」
華やかかりし頃のDECOを物語る1枚…。

東京ゲームショウ入場料値上げ
2001年現在も、料金はこのまま据え置かれている。


#ちなみに発売が10月21日と目前だった「ゲームボーイカラー」は、このショウには 出展すらされていなかったらしい。



全ての記事については TOKYO GAME SHOW '98 AUTUMN SPECIAL を見るベシ。 他にも SCEIの特集ページがまだ残っている模様。セガの特集ページは、先日のサイト移転で全て消滅。

最近こそ常時接続やブロードバンドと言われているが、 セガはテレホーダイしか無かった頃からメガドラ、セガサターンでモデムを投入し、 ドリームキャストではモデムを標準装備にしたんだから、先見の明はあった。 …というより「先ばかりを見すぎて、ちゃんと足下を見ない」のが、 セガの悪いところなんだろうけど。 でも俺は、ネットに拘り続けたセガの選択は、 無駄じゃ無かったと思っている(そもそもセガサターンモデムが、俺がネットにハマッたキッカケだし)。

ところで記事を読み返していて思ったのだが、 今と比べると「写真」がヤケに少ない。 それと、色々検索して分かったのだが、わずか3年ばかり前の事なのに、 当時の情報があまり残っていないのにも驚かされた。

98年当時は、ゲームニュースサイトは 「GameSpot」 と 「geisen(今年3月に終了)」くらいしかなく、 速報は個人サイトよりも「セガBBS」のような掲示板への書き込みが頼りだった(少なくとも俺はそれしか知らなかった)。 しかし最近ではゲーム情報を流すサイトは企業・個人共に多数存在し、 イベントに出かけられなくても、ネットを使えば情報がスグに手に入る。 それに これだけ多くのサイトが情報を掲載していれば、 この先ずっと情報は残されていくだろうから、 もう古い雑誌を読み返す事無く、いつでも過去の情報を検索できるだろう。 情報の速報性についても、 少し前に「シレン外伝」の情報が、解禁前にネットで流れていたが (理由については 「セガ竹崎のセガスタ!日誌」10月1日を参照)、 もう情報解禁日を設定したり、 どこぞの雑誌に独占公開したりするのは、時代錯誤になりつつある気もする。

これからブロードバンドが更に普及し、ネットでの情報開示が広まってくるならば、 家に居ながらにしてイベントの様子や、ゲームの動いてる様子なんかを、 来場者と同じレベルで見られる日も、そう遠くないうちに やって来るのだろうか。

◎「東京ゲームショウ2001秋」特集サイト◎

[GAMESPOT JAPAN]「2001 東京ゲームショウ 秋」特集
[eg] 東京ゲームショウ2001秋 特設ページ
[ファミ通.com] ゲームショウ 2001 秋 スペシャルリポート
[Gpara.com] TGS2001 AUTUM SPECIAL

この他、 GAME Watch 電撃 GamelexTV せっかくだから) などで続々と情報が公開され、さらにメーカーサイトでも セガPlayStation.comコナミカプコンコンパイル などが特設ページを設置している。



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