シャト = レ・エゼー研究員の シーマン育成日記
ようこそ、私の実験室へ。 ここでは、私、シャト = レ・エゼーが実験室で飼育している伝説の生物「シーマン」について、 その時に起こった出来事を日々記録し、公開している。 インターネットで公開するからには、この日記を何処の誰に読まれるが判らない。 その中には、ひょっとして私の他にシーマンを育成し、彼等に秘められた謎を紐解こうとしている者も、いるかもしれない。 もし、あなたが私よりも熱心な研究者で、現時点で私よりも研究が遅れていると言うならば、 この日記は読まない方が良い。やはり、答えは自分で問題を解いた後に見るものだから。


1999.8.2
  • これより禁断の生物「シーマン」の育成を開始。 水温18度弱、酸素量80以上と、水槽内を育成に適した環境に整えた上で、 保管機から卵を取り出し、水槽に沈めた。 たった1つしかない卵だ、失敗は許されない。

  • 卵に動きが。中でいくつもの何かが蠢いている。 どうやら、卵1つに1匹、という訳では無いようだ。少しだけ安心する。

  • 卵を水槽に沈めて待つこと数分、シーマンの幼虫「マッシュルーマー」が一斉に誕生した。 個体数は、8。容姿は「眼球のような体に、先端に吸盤の付いた長い管が1本」。 人面魚「シーマン」とは あまりにもかけ離れた姿。 ただの変種のプランクトンか何かにしか見えないこの存在が、 果たして本当に、あの伝説の生物になるのだろうか。

  • 飼育キットに付属しているエサにも全く反応せず、ここから成長していく様子も見られない。 途方に暮れる私だったが、ぼんやりと水槽を眺めているうちに、ふと、数日前に ビバリウム社 のホームページで読んだ文献 「シーマンの進化プロセス」 での、マッシュルーマーについての記述を思いだした。 ひょっとして、水槽内の「あれ」が、シーマンの…。

  • 幼魚、誕生。 他のシーマン研究者に私の研究を盗用されるといけないので、 ここで誕生までの詳しい経緯を書くことはできないが、 「食物連鎖の残酷さを まざまざと見せつける、 かなり生々しく衝撃的なシーンである」事だけは言っておこう。

  • 現在、無事に8匹の幼魚「ギルマン」が生まれ、水槽内を活発に泳ぎ回っている。 こちらの呼びかけに反応する様子から、少しは言葉を認識しはじめているようだが、 向こうの赤ん坊のような言葉は、正直あまり聞き取れないでいる。 くすぐってやるとギャッキャと楽しそうに笑う。 だが、その壊れた笑い袋のような声は、人面魚そのものの容姿と相まって、 私の心に、なにか得体のしれない不安を抱かせる。

  • この先、私は、正気を保っていられるのだろうか。


1999.8.3
  • 実験室に入る直前、シーマンが7匹に減っている事を知らされる。 直ちに水槽を確認。 1、2、3、4、5、6、7…………。 理由をはっきりと聞いていなかったが、シーマン同士で何かがあったようだ。

  • シーマンが、減っていく。 7匹から6匹、6匹から5匹、目の前で、減っていく。 保管機にあれだけしか餌が入ってなかったのは、こういう訳だったのか。 うすうす予感はしていたが、なんと残酷な生態を持つ生物だろう。 あぁ、また始まった。 頼むから、そんな表情で私を見ないでくれ!  いっそのこと悲鳴でもあげてくれ!  私と会話が出来る知恵があるのなら、その彼に弔いの言葉をかけてやってくれ!

  • 幼魚の数は、現在4匹で安定している。 言葉も活発に交わせるようになってきた。 「シーマン?」と呼びかけると、「しーまーん!」と嬉しそうに答える。 こうして見ると、シーマンも結構可愛いものだ。

  • この伝説の生物が、アニメやTVゲームでおなじみの「黄色い電気ネズミ」の事を 知っているのは、単なる偶然なのだろうか。 あまり快く思っていない様子なので、彼等の機嫌を損ねない為にも、 この名を彼等に呼びかけるのは、なるべく控えるようにしよう。

  • 「何歳?」との問いかけに「てんさーい」と答え、 「うんちうんちうんち」と連呼する。 子供じみた答えだが、はっきりと聞き取れるような言葉が増えてきた。 会話が成り立つ度に、鳥肌が立つ。

  • シーマンとは何者なのだろうか。彼等にも判らないらしい。

1999.8.4
  • まだ幼魚の段階だが、体型もスマートになり、私に対して積極的に話しかけるようになった。 飼育は順調そのものと言えよう。 数は2匹に減ったが。

  • 大きくなったのは良いのだが、ずいぶんと横柄な話口調になってしまった。 「こんにちは」の挨拶に対しても、「今は夜だよ、挨拶も出来ないのか?」 といった態度を取る(この時は確かに夜だったが)。 水槽の温度変化にも敏感で、すぐに「熱い」「寒い」と不平不満を私に訴える。 全く可愛くない。

  • シーマンに性別は無い。 しかし、私が男だと告げると露骨につまらなそうにするのは何故だろう。

  • こちらからもシーマンに対して色々と質問をしてみる事に。 名前は「シーマン・ガブリエル」で魚座、職業は医者、 最初に生まれたのは紀元前だが細かい事は忘れた。 ………馬鹿馬鹿しくなってメモを取るのを止めた。

  • シーマンが、何か思いだした、と突然一方的に話し出した。 ガゼー博士が以前、シーマンの大好物の虫をどこかで飼っていたハズだ、と。 ………………本当にそれらしい入れ物が見つかった。 「シーマンはそれまでの記憶を次の世代に繋いでいく」と、どこかで読んだ気がする。 『最初に生まれたのは紀元前』というあの言葉も、あながち嘘では無かったのかもしれない。

  • 発見された飼育ケースの中は、土の上に黄色い小さな卵が4つある以外は、 何かの植物の芽だけしか見あたらない。 試しに霧吹きで水を与えてみると、植物は成長を始めた(それも目視で確認出来るような速度で)が、 卵には変化は見られない。明日になれば ふ化しているだろう。

  • 水槽が気になって仕方がない。 出勤前に水槽の手入れをし、帰宅後も真っ先に水槽を眺める生活。 いったい、どちらが飼われているのやら。

1999.8.5
  • 早朝、水槽と共に、昨日発見した虫かごを確認する。 中にあった4つの卵は、無事にふ化していた。 アゲハ蝶の幼虫にどことなく似ているが、極普通のいも虫。 大きく成長した植物に モソモソとよじ登り、葉っぱをむさぼり食う姿は、 やはり、どこから見ても普通のいも虫だ。なぜ、この虫でなければならないのか。

  • 前言撤回。一カ所、著しく他の虫と違う場所があった。 こんな虫を食べるのは、おそらくシーマンだけだろう。気持ち悪い。

  • シーマンが、しきりに空腹を訴える。 あの虫を食べたがっている。しかし、繁殖させる事を考えると、 そうやすやすと与える訳にはいかない。もう少しだけ我慢してもらうか。

  • 夜、水槽を確認し、シーマンに挨拶をするが、 こちらの話は全く聞こうとせずに、ひたすら餌を求めて悪態をついている。 はったりかと思ったが、表情が非常に苦しそうな所を見ると、本当に危険なようだ。 慌ててシーマン達に、例の虫を1匹ずつ与える事にした。 毒々しい異形のイモ虫を 口から半分はみ出させながら美味しそうにほおばる、人面の魚。 いったい、普通の熱帯魚を飼っている人がこの生物を見たなら、何と言うだろう。 いや、それよりも、この生物をどうするだろう。 とにかく彼等の腹は満たされたようだ。

  • 私のプライベートに関する質問が多くなり、正直困惑している。 性別や年齢だけでなく、誕生日や職業、果ては独身かどうか という事までも。 軽く聞き流してくれるなら別に良いのだが、彼等はそれらを記憶していった上で、 更に判った風な口調で、細かくツッコミを入れてくる。 「射手座かぁ、熱しやすく冷めやすいタイプだな、俺の世話に向いていないんじゃないか?」 こんな事を言われては、飽きる以前にこちらの愛想が尽きてしまいそうだ。

  • ようやく いも虫が さなぎになった。もう1匹も かなり大きくなっているので、 成虫になるのも時間の問題だろう。どんな姿になるか、楽しみでもあり、不安でもある。

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