この前後のエントリー

2004年02月11日

河北新報の教育欄に荒木飛呂彦インタビューが掲載!

2月10日、宮城県の地方新聞「河北新報(河北新報社)」の教育欄にて、荒木飛呂彦先生のインタビューが掲載ッ!  宮城県にお住いのCAMELさんからメールで送っていただいたインタビューのテキストを、そのまま紹介。
「埋蔵金求め日々探検」
あの日、あの時
  漫画家 荒木飛呂彦さん

 仙台市の小松島小に通っていたころは、江戸川乱歩の世界に あこがれていました。遊びといえば少年探偵団ごっこ。学校の 帰り道、まっすぐ家に帰ったことはありません。仲間しか知ら ない秘密の場所に、魚屋の木箱を積み上げて、秘密基地を造っ たりしました。

 近所には古い町並みが残り、住宅地の近くには探検できるよ うな大きな森、沼がありました。 そして子どもの好奇心をくすぐるミステリーとしげきにあふれ ていました。

 例えば埋蔵金伝説。 世捨て人のおじいさんが埋蔵金を隠し たという伝説があって、台原周辺の防空ごうを探検して回りま した。木の枝で仲間だけが分かる印をつけたりして、本当に楽 しかった。

 未確認飛行物体(UFO)が現れるという場所や、心霊現象 のうわさもありました。念写を研究している大学の先生からは 、月の裏側の写真を見せてもらって興奮しました。本当かどう かはともかく、未知の世界に引き込まれて、想像力が鍛えられ たと思います。

 本格的に漫画を描いて、出版社に投稿をはじめたのは東北学 院榴ヶ岡高に入学してからですが、小さいころから描くのは好 きでした。

最初に漫画の同人誌作ったのは小学四年の時です。幼なじみが 「荒木、いいねえ」と褒めてくれるのが、とてもうれしかった 。

 今、振り返ってみると漫画家を志すすべてが近所にありまし た。
また、荒木先生の写真とプロフィールが掲載されており、その上には吹き出しで、”映画「スタンド・バイ・ミー」を見ると、少年時代を思い出して胸が熱くなります。”とのコメントが付けられていたとか。

今、こうして『スティール・ボール・ラン』が読めるのも、荒木先生の漫画を褒めてくれた、小学四年の時の幼なじみの方のおかげ・か・も。
(情報グラッツェ!<CAMELさん)
2004年02月11日. Posted by @JOJO
コメント
トラックバック(この記事に言及したサイト)
コメントを投稿する









名前、アドレスを登録しますか?







※個人の主義や主張は勝手! ただし、エントリーとはあまりに関係の無い発言や、不特定多数の方が見られる事を考慮していない発言は、きちっとやっつけます(削除します)。 なお、管理人にツッコミを入れたい方は、投稿フォームよりお寄せ下さい。
トラックバックURL

※トラックバックはお気軽に。ただし、記事へのリンクが文中に無い場合や、1行程度のコメント、単なる情報元としての送信は、「だが断る」。
リンク用テンプレート

トラックバックやリンクの際、文中に貼り付けてご使用下さい。

readme